Sea breeze of winter





「終わりにしよう。理由は特にないけど、飽きたんだ。」




その言葉を言うことに、もう慣れを感じた僕がいる。

初めは心が痛んで痛んで仕方がなかったけど、
一年も立てば、案外慣れるものだった。

もうすぐ、二年生も終わる。
ある意味で、すべてがひっくりかえった一年だった。
僕の世界は、上から下まですっかり変わってしまった。

でもいい。僕は満足している。
実際問題、僕のスコアは予想をはるかに上回っていた。


















一月末のその日の空は、今にも泣き出しそうな曇天だった。

「ゲーム」の終わりを告げるには、これくらいしけた空がいい。
あんまり綺麗な晴天だと、相手の子への残酷がすぎる。


僕はその日の放課後、校庭の大桜の下にその子を呼んだ。


「…太郎くん、何か用?」


相手の子は、一年の時に、同じ委員会で活動をしていた子。
同学年だ。

つい二か月ほど前の下校中に
偶然僕の前を歩いていたから、ひっかけたら、
運良くちょろちょろっとついてきた。


いざ声をかけたものの、
どことなく記憶の片隅にくすぶっていた
彼女の名前をはっきりと思い出すのに、数分かかった。
僕の対人記憶力は、悪いがそんなによくはない。


でもとりあえず可愛い子だったから、僕の中の「要員」に入れておいた。




長身の割に華奢で、笑っていてもどこか寂しげな雰囲気を漂わせていて、
優しくしてくれる人に流されていってしまう。


そんなところ彼女の魅力だったが、
僕と仲良くなってから、何を勘違いしたのか、
自分の値打ちを勘違いするようになっていた。

口では控えめな言葉を話していても、
そんな雰囲気はおのずとにじみ出てくるもんだ。


たかだかクラスで三番目くらいの可愛さのくせに、
上から目線で物をこっちに物を言ってくる。
人の為を装い、自分を優位に立てたがる。

急に光の当たる場所に立ったものだから、
人が変わってしまったんだろう。
更に表向きを「謙虚」の糖衣で包んでいるものだから、
余計タチが悪い。


そういう人は、僕の呼ぶ所ではない。
勘違いしたまま、適当にちやほやされる世界へと
羽ばたいてくれればそれで良い。

まあもしくは、元の慎ましい子に戻るのが
彼女のためにも一番平和だろうが





―面倒くさくなる前に、この子とはそろそろ打ち切りにしておくべきだ。

そんな判断が、僕に彼女との中の切れ目を告げた。




そして彼女を前にして、いつもの言葉を言う。


別れの言葉に関しては、僕はいつの間にか相手を絶望させる天才になっていた。



大抵、ここで相手の行動パターンは数種類に分類される。
以下、ざっとそれを記しておく。

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否定型。
「嘘だ、信じない!」と首を振って駄々をこねる。
自分に間違った自信を持ちすぎである。
むしろ、人を見る目を養えなかった自分を恨んでほしい。


逆ギレ型。
かたちの無いものを「返せ」とごねてくる。
別に僕がむしり取ったわけじゃなくて、そっちが勝手に渡したものだ。
それに僕などに簡単に放り投げるようなんだから、
元よりたいして価値などないんだろう。


悪態型。
やっぱりねぇ、タローくんは噂どおりだったね!と、笑いながら毒づいてくる。
その上で、こんなゲームにのった自分に対しても内心で冷笑を浴びせてる。
ある意味で一番フェアであり、気分が良い。


虚脱型。
その場にへたり込む。 面倒くさいから速攻帰る。


慈母型。
「太郎くんは傷ついている、助けたい!」とぬかす。
偽善臭が鼻につき、一番不愉快である。
どこぞのバイト先で現実を見せるか、
悪友に会わせて、人間の性善説を真っ向からへし折る。
大体はすぐに僕から逃げる。

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面倒くさいから
いちいちタイプ別の性格分析などはしていないが、
大抵はこのパターンに当てはまった。




さあ、この子はどれなのか





僕が冷たい眼差しを向けると、
彼女は初めは茫然としていたが(虚脱型か?)
意外にも、すぐに不敵な笑顔を見せた。


お、なかなかやるな、と僕は思う。
大抵は、振る瞬間の反応がもっとも面白いものである。
その人の性格が見える。







一年前の僕は、それはそれはみっともなかった。

あたふたしすぎて、僕の中では「思い出したくない歴史」に分類された。
あれは、僕の甘さのせいだ。
今思い返すと、本当にもう笑うしかない。




「……」
彼女は浅い器なりに、すべてを受け入れたようである。

「いつも、こういう手なの?」
「ま、これも僕を信じた君への見返りということで、良いんじゃないかな?」
異常にあっさりしすぎて、不自然な僕らのやり取り。


見返り見返りといっているが、僕は国語的な意味はよく知らない。
「お返し」という程度の意味で、良い意味にも悪い意味にも使っている。
まあ、文系の成績は中の中なので、許してほしい。


「…そう」
彼女は僕の正体を見たようだ。
厄介なことにはならずに済みそうで、安心する。


彼女は薄く笑ったまま、小さくつぶやいた。
その言葉はかすかなものだったが、はっきりと僕へと飛んできたものである。




「…今は色んな人が太郎君を取り巻いているけれど、
 もしも世界が明日滅びるとして、
 誰か一人だけと、一緒に死ねるとしたならば…」



彼女は続けた。至極穏やかな口調で。

「誰一人、きっと太郎君のことは選ばないだろうね
 太郎くんは、誰の一番にもなれないよ。」




―彼女は、僕を見通しすぎてた。









その言葉の中には、振られた怒りや恨みは確かに混じっているかもしれないけれど、
それ以上に、僕の本当の姿があった。



僕はごくり、と息を飲む。

この音、聞こえたかな。
聞こえてないことを、切に祈る。


彼女が言ったことは、当然僕も、知っていた。
でも、これほど明確な言葉で他人から突き付けられたのは初めてで、
僕はどうしたらいいのかわからない。


「世界の終りが、在学中に来ないことを祈るね」
どうしようもない逃げ言葉を薄笑いで言うが、
彼女はそれを聞かずに
「じゃあね」
と言って去った。

その後姿には、僕への未練など微塵もなかった。





完敗だ。



最悪の幕切れ





それにしても、彼女はなかなかのやり手じゃないか。
あんなに切れる子だとは思わなかった。
もうすこし、近くに置いておけば面白かったかな。
いや、それは僕が危ない。

彼女に覗かれ、侵略されて、暴かれる。

そうなったら最後、僕は笑い物になるんだ。






























面倒な関係を清算できたのに、
すっきり感は少しもなくて、むしろ後味がひどく悪かった。

いや、人を振った後はいつもこんなんだ。
駄目だ、まだ全然、あいつにはとどけない。
笑いながら、最後まで「勝者」に徹したあの女に。













下校途中、いつの間にか、海に来ていた。
普段の帰路とは離れているので殆ど来たことはなかったが、
人っ子一人いない真冬の静けさが、むしろ僕には心地いい。




僕は何も言わず、一人で海辺に立つ。
初めはガードレール沿いに眺めていただけだったが、
本当に無意識に、浜辺に降り立っていた。


白い砂浜と夕焼けの中で、
ざざーん、ざざーん という波の音が
一定に耳に届いて、僕の心中をかき混ぜた。


学校で、世界には約60億の人がいると習った。
くわしい数は忘れたが、とにかく習った。

人は腐るほどいる。
羽ヶ崎学園という、ごく限られたテリトリーの中にでさえ、
覚えきれないだけの人がいる。



でも、僕には誰もいなかった。



僕は真の意味で誰にも興味がないし、
きっと誰も、僕を一番にしてくれないだろう。

僕のしていることを考えれば、それはひどく自明のことだった。


たいして罪のない他人を適当に選んでは捨て、
選んでは捨てているんだから。
僕は、誰とも真摯に向き合ってない。
いや、むしろ自分にすら向き合ってない。

それ以前に、犠牲者を量産している身分で
人並みの幸せを望むこと自体がおこがましい。











でも、本当は、僕だって










僕は回りを注意深く見渡した。
絶対的な用心を持って、酷く注意深く見渡した。




誰もいない。














海からの風が、僕をなでる。

僕は小さく小さく、足もとの白くてショワショワした、
雪みたいなさざ波を見つめてつぶやいた。






「このまま、一人で死ぬのは、嫌だ。」











その瞬間に潮風がザーっと流れて、僕と砂浜を直撃する。


まるで、僕の言葉をどこかに運んで行ったかのようだった。






僕の今の発言は、正直に言うと
どこかの誰かに、発信者不明のものとして届いて欲しかった。


存在するかすら定かではないけれど、
僕をこの、自分で掘った砂地獄から救いだしてくれる誰かに。


本当に図々しいけれど
その人が手を差し伸べてくれるのを、僕は待っていた。





誰でもいい。届いてくれれば、それでいい。
あの女でさえなければ。








その時、頭上向こうの道路の方で、チリンというベル音と、
自転車が通る音がした。


ハッとそっちの方をみると、
高校生くらいのジャージ姿の女の子が、のんびりと自転車を運転していた。
買い物の帰りだろうか。前カゴにて、スーパーの袋に入った長ネギが顔を覗かせている。


このあたりで高校といえば、
はね学かはば学か、または公立のいずれかだ。


夕焼けの色と距離のせいもあって一瞬しか見えなかったが、
その女の子には、見覚えがあった。
あの茶色い、斜めわけのセミロング。


以前グラウンドで見かけた、ちょっと可愛いと思った一つ下の子だ。
友人たちと、楽しそうにおしゃべりに興じていたっけ。




あのネギ子がメッセージの受け取り手?という
過度にメルヘンチックな疑惑を抱くよりも、
今の恥ずかしいセリフが聞こえていたのか?という不安が僕の中をよぎる。


が、いかにも日常的な彼女のチャリの運転っぷりを見ると、
それはないだろうな、と僕は思う。


いずれにせよ、単なる茶番だ。


助けてくれる人への期待も、僕の存在自体も。


僕はこの後も適当に人を傷つけて、下らない人生を送るんだろう。
努力するのも疲れた。
というか、努力なんか無意味だと、
一年生のときに身をもって知った。



僕は薄く笑うと、すっかり砂に汚れてしまった鞄を持ち、
家族になんて言い訳をしようかと考えつつ、
砂を払って家路へと急いだ。


僕は、何ものにも期待しない。
期待した方が負けなんだ。

だって僕は、人に期待を出来るほど、
無垢な存在ではないんだから。









太郎は大バカ者ですが、ある意味誰よりも潔癖症で、
自分に対しての絶望感をドーンと抱いている気がします。

傷ついた人間というのは、往々にして臆病になる気がしますが、
自身の行いがチョップ千回(何)に値するくせに、
本当は誰かの一番になりたいと熱望している
バカ太郎が書きたかったんです…

っていうか、
真面目語りが恥 ず か し い !





2008.8.7

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