07限定どくろクマ



どくろクマちゃんショップ。


中学生の頃から、この場所に彼女と来るのが夢だった。
二人で棚を吟味して、どの子が一番可愛いか、一番心を掴むかを見極める。
そして小さい子を一体、彼女にプレゼントしてあげるのだ。
彼女が欲しがるのなら、何なら大きい子でもいい。
…まあ、その前にバイトをしなくちゃいけないだろうが…



付き合う前は、流石に好きな女の子を
どくろクマショップなどという妙にマニアックな場所には連れて行けなかった。
どくろクマちゃんの知名度自体が微妙だし、
小学生の女の子が好きなもの、というイメージが世間にはあったからだ。


だが高校二年の最後のほうで、彼女が出来た。
そして彼女を初めてどくろクマショップに連れて行った所、
口では「可愛い」と言っていたが、
明らかに自分よりも覚めた目で棚のクマたちを見つめていた。

帰宅後、妹の歩に菜央子のその様子を言うと、
「それは正直、どくろクマに興味は無いけど
 彼氏の喜んでいる様子を邪魔したくないってことだったと思うよ」
という、どうにも反応しがたいコメントをもらった。

根が単純で楽天的な日比谷はとりあえず、
菜央子さんはやっぱり優しい人だなぁと喜んだ。



そして月日は流れ、2007年の1月になった。
日比谷が菜央子と付き合い始めた頃から、明らかに世の中が変化していた。


いつの間にか、どくろクマちゃんが小ブームになっていたのだ。
きっかけは何だかわからないが、
ご当地どくろクマちゃんを皮切りに、様々なキャラグッズが作られるようになり、
どくろクマちゃんのファンサイトも急増して、
実は僕も…という男性のクマファンも現れだした。
しかも最近は若い女性の心を更に掴むために、
アクセサリーやバッグのメーカーともコラボをするなど、大人向けのグッズも出し始めている。
好きじゃない人にとってはどうでもいい代物だろうが、
好きな人にとっては、かなり欲しいものであることは間違いなかった。

それを知った菜央子は、
「よかったね、人気が出て」と、落ち着いた声を日比谷にかけたのだが、
彼にとっては、決して良いことばかりではなかった。


限定グッズが、手に入らないのだ。


商店街のどくろクマちゃんショップでも、
季節限定のグッズは即日完売で、ひどい時は予約でうまってしまい、店頭に並びすらしない。
2006年のクリスマス限定のチェーンベルトも、予約前にすでに完売になってしまった。
彼はそれを菜央子にプレゼントしようと思っていたので酷く落ち込んだが、
(もちろん、他のプレゼントを買って渡した)
当の菜央子は、クリスマス当日に「その気持ちが嬉しいから気にしないで」と、
さわやかに慰めてくれた。

…多分、本当は彼女はそこまでどくろクマを好きではないんだと思う。

でも菜央子は、日比谷と二人っきりでクリスマスを過ごせたことを本当に喜んでくれたし、
そんな菜央子が可愛かったので、
彼にとっても去年のクリスマスは良い思い出だが。


という訳で、今回の2007年冬季限定バージョンのぬいぐるみは、彼にとってはリベンジだった。
今回は自分のための買い物ではあるが、手に入れたい気持ちはかなり強い。
学校が始まったばかりの一月上旬、
大学にいる間に、菜央子に
「今日、07どくろクマゲットしにいきます!」
というメールを送ったところ、しばらくして
「私も行きたい」
という返事が返ってきた。

自分よりもどくろクマに対する好感度は低いはずなのに、
こういう所は不思議と付き合いがいいな、といつも日比谷は思う。
そしていつものように「やっぱり菜央子さんは優しいなあ」と、一人でニヤニヤして、
友人に「のろけすぎ」と馬鹿にされるのだ。


そして部活が終って、すっかり暗くなってから
日比谷は菜央子と会い、
一緒に夜ご飯を食べた後、並んで歩いてどくろクマちゃんショップへと向かった。
もう夜だが、この時間ならまだ間に合うだろう。

商店街のイルミネーションは、一ヶ月前と比べると、かなり静かになっていた。
時間が移るのは早い。

季節は真冬なだけあって、歩いていると寒さが身にしみる。
吐く息の鮮やかな白さに、時々目を奪われる。
手をつないで歩けば、少しはあったかいはずではあるが、
菜央子は人前では手はつながない派だった。


日比谷は人前で手をつなぐことに抵抗が無いので、
以前、つながない理由を菜央子に聞いてみたところ、一言
「てれくさい…」
という返事が返ってきた。
それを聞いたときは何となくショックだったが、
そういう考えの人もいるんだろうなぁと、今は自分を納得させている。
あまり物事にこだわらないところが自分の長所であると、彼は自分で思っていた。

そうこうしているうちに、
どくろクマショップに到着した。
店頭には、どくろクマのガチャガチャが置いてある。
妹の歩がまだ小学生の頃、ここで取ったガチャガチャをよく妹にあげていた。
するといつも、こう言われるのだ。
「私じゃなくて、彼女にあげたら? っていうか、早く菜央子さんに告ったら?」
兄の自分に似ているのは顔だけで、生意気で口ばかりがませている妹だ。
まあ、それはそれで可愛いのだが。

というか、歩と菜央子は性格が少し似ているような気がする。
菜央子は歩のことを「可愛いよね」と気に入っているが、歩は菜央子のことをどう思っているのか、
日比谷は知るよしもない。



店内に入ると、流石にもう閉店時刻が近いせいか、
人はほとんどいなかった。
いたとしても、カップルが数名くらいか。

探していた07限定どくろクマちゃんは、
一瞬のうちに見つかった。
レジの横の一番目立つ場所に、一体だけ置かれている。
おそらく、あれが最後の一個だろう。
これはかなり、運がいい。

日比谷は星座占いには興味がないのだが、
多分今日の乙女座の運勢は良かったんだろうなあと思った。

「あったね。良かったじゃん」
さらっとした様子で笑う菜央子に笑顔を返して、
彼は07どくろクマに歩み寄り、それを取ろうとすっと手を伸ばした。


すると、横から誰かが伸ばした手が、日比谷の手と重なった。
しかも相手の手の方が一瞬早く、日比谷の手がその上に乗った状態になる。
これが女性なら、ある意味運命の出会いになるんだろうが
(もちろん、そんなのはもういらないが)
彼の手の下に置かれた手は、明らかに男性のものだった。
…というか、野球をやっている自分の手よりも、さらに大きくがっしりしている。

いきなり男の手が登場して、呆気にとられた日比谷は、
手の持ち主を見ようと、首を横に向ける。

日比谷の目の前には、相手の顎が現れた。
−でかい。
もっと上に目線をやらなければ、相手の顔が目に入らない。


彼が目線を上にあげると、そこには一人の若い男性が立っていた。
男性は短い黒髪を上に立てていて、両耳にピアスをしている。
体つきはけっこうがっしりしていて、多分体育会系の人間。
年のころは、日比谷と同じくらいだと思う。
おそらく大学生だ。

相手の男性も、いきなり現れた日比谷に対して、かなりびっくりした様子であった。
目を大きく開けて、きょとんとしている。
驚いた表情ではあるものの、何となく親しみを感じるような、わりと人好きのする目だった。

彼の顔を見た途端に日比谷は、
限定どくろクマへの独占欲から、自分がかなり険のある表情をしていたことに気がついた。
腹が立つと、感情がすぐに顔に出る。
だから子どもっぽいと言われるんだとなと、少し彼は反省する。


二人はとりあえずクマから手を離した。
日比谷が何を言おうかなぁと考えていると、
先に相手がこう切り出す。

「あ、いやー…すみません。これ、プレゼントですよね?」
日比谷は一瞬「?」と思ったが、
相手が菜央子を見ているのに気が付いて、納得した。

きっと彼は、自分が菜央子のためにこれを買ってあげるんだと思っているに違いない。

「い、いえ、そういう訳じゃ…」
と日比谷が言おうとすると、横から菜央子が口を出す。
「いえいえ、そうじゃないんで、気にしないでください」
彼女の動作はかなり優雅で、落ち着いた女のオーラが出ていた。
こんなオーラも出せるんだ、と少し日比谷は驚く。

「うーん… でも、悪いですよ」
「いえ、こいつが欲しがってるだけですから」
男性と菜央子の会話を聞いていて、
「オレ、こいつよばわりッスか!?」と日比谷は悲しい気持ちになったが、
身内に対しては、「拙宅」「愚息」のようにへりくだった表現をする、
という日本語のきまりを思い出して、まあいいかと彼は勝手に納得する。単純である。

それでも、申し訳なさそうにしている男性の様子を見ていると、
日比谷は、ここは譲らなければ男じゃない!という風に思えるようになってきた。

まさか彼が自分のために買うわけじゃあないだろうし、
(まあ、自分みたいな男のクマファンもいるから確証は持てないが)
きっと彼女か好きな子へのプレゼントなのだろう。

見たところ、彼はあまりどくろクマに詳しくなさそうだし、
プレゼントするだけなら、別に限定色じゃなくてもいいんじゃないかとも思ったが、
この可愛いどくろクマを、どうしても相手の子に上げたかったのだろう。
まあ、たしかにこの限定クマはそれ程可愛い。
または、相手の子がどくろクマファンという可能性もある。


そう思うと、自分が欲しいというだけの理由で、
まさかぶんどって帰れるはずもなかった。
もしもそんなことをしたら、どくろクマは手に入っても、
菜央子の好感度は確実に下がる。
それでは何の意味もない。


むしろ、ここで相手に譲ったほうが、絶対にカッコイイ。
というか、それでこそ男じゃないか?


そう思った途端、日比谷は実に晴れ晴れとした笑顔で、こう男性に向かって言っていた。
「いえ、いいッス! ジブン、譲るッス。
 っていうか、もともとそちらの方が先でしたし…」

その後も数回譲り合いが行われたが、
最終的に男性が、心底嬉しそうに、何度もお礼を言いながら、
限定どくろクマちゃんをレジに持っていった。


日比谷は買うものが無くなってしまったので、
とりあえず外のガチャガチャを二回やって、
収穫物の一個を菜央子にあげ、店を後にした。


店内で何だかんだやっているうちに、思ったよりも時間をくってしまったので、
店の多くが閉まっていて、外の闇は一層強くなっている。



二人は商店街を抜けると、一緒に住宅街を歩いた。
夜のデートでは、いつも日比谷が菜央子を家まで送っていくのだ。
これは高校時代から変わらない。


二人っきりで並んで、無言で暗い道を歩く。
もう、沈黙が不安だとか言っているような関係でもない。
というか、菜央子は気を使うと多弁になるタイプだと知っているので、
この沈黙が日比谷にはかえって嬉しかった。

しかし、急に菜央子が口を開いた。
暗闇のせいで、その表情はよく見えない。
「…今日はごめんね、なんか、口はさんじゃって。
 どくろクマ、買い逃しちゃったね」

いきなりの謝罪に日比谷は少し驚いたが、すぐにこう返事をする。
「あ、そんなに気にしないでください!
っていうか、ジブン、あんまり気にしてないッス!」

彼女は、彼の方を向く。
「本当?」
「ええ、ジブンみたいなむっさい男が持つよりも、女の子のところに行ったほうが、
 どくろクマも幸せになれるッス」

彼の言葉に、ぷっと菜央子は笑った。
その笑顔を見ると、何だかとても嬉しい気持ちになる。


「でも、今日の渉、良かったよ」
「えっ…」
突然振ってきた言葉に、彼はガバッと顔を菜央子に向けた。
「あの人、きっと凄く渉に感謝してるよ。
 でもって、どくろクマをもらった女の子も、きっとめっちゃ喜ぶんだよ。最高だよ」
「そ、それはリップサービスにすぎるッス…」
真っ直ぐな賛辞に、柄にも無く日比谷は照れてしまう。

しかし菜央子は顔を伏せ、さらに小声でこう言った。
もしかしたら独り言かもしれなかったが、彼にも聞こえた。
「さすが、私の彼氏」


その言葉を聞き、日比谷の耳元が急に熱くなった。
彼も真っ赤だが、多分彼女の顔も赤い。
こういうことを言う時は、必ず照れてしまう子なのだ。
もう、それくらいはわかっている。


普段から菜央子のことは大好きだが、
今、急にめちゃくちゃ可愛くなってしまったので、
彼は照れたような笑顔で、菜央子に体を傾ける。
「…菜央子さーん」

予想通り、彼女は照れて真っ赤になっていた。
暗闇でも、顔が熱くなっているのが何となくわかる。

「外でのいちゃつきは禁止だってば」
彼女の必死の抵抗に対し、彼はちょっとしたたかな感じでニヤッと笑った。
「誰もいませんよ?」

確かに、視界には人っ子一人、歩いていない。
しんしんとした、夜の空気だけが漂っていた。



すると、急に彼女は満開の笑顔になって、
日比谷の腕にしがみつく。
ちょうど街灯の下にいたので、その顔が見えた。
冗談抜きで、可愛すぎてどうしようと思う。


「今度から、もう少し早く店にいこうね」
「確かに、そうッスねー…」
「今度こそは、狙った獲物は逃さない方向で」
自分よりも気合が入っている菜央子に対して、
日比谷は妙におかしい気持ちになった。


独り言とも取れるような小声で、日比谷はぽつりとつぶやく。
「まあ、どくろクマより菜央子の方が可愛いから、いいけどさ…」


今の言葉。
独り言としても通用する大きさで、
なおかつわざと菜央子に聞こえるよう、計算されたつぶやきだった。
ある意味、さっきの菜央子のセリフへのお返しだった。


彼の腕にぴったりと身を寄せていた菜央子は、
はじかれたように顔を上げる。
そして、彼の腕にもたれかかりつつも、少しだけ身を離す。

日比谷も無言で彼女を見た。目が合う。



「…タメ語」
その沈黙を打ち消したのは、意外にも菜央子のほうだった。
「タメ語だった」
びっくりして間が抜けている、と言っても差し支えの無い様子で
彼女は繰り返してつぶやいた。


「……嫌ッスか?」
悲しそうな顔になる日比谷に対して、
菜央子は彼を見上げて口をぎゅっと閉じ、首を振った。
見つめる目線が子どものようだ。

彼女と付き合う前は、菜央子がこんな表情をするなんて全く知らなかった。
彼女は落ち着いていて、懐の広そうなお姉さん的印象を下級生達には与えていた。
でも本当はプライドが高いくせに甘えたがりな、人が大好きな女の子だった。


そして菜央子は、口を開く。
暗闇だからこそ、彼女の声が一層印象的に響いた。

「ねえねえ、これからもずっと、タメ語で話して。
お願いだから、タメ語でいてね。
だってうちら、付き合ってんだもん。
だから平等の立場でいたい。お願い」
まるで、懇願するような必死な口調である。
彼女の性格だから、こんなことを素直に言うのは相当の勇気を伴うに違いない。
しかしそれだからこそ、二人っきりの時に甘えてくる菜央子が、可愛くて仕方がなかった。


何でこの人は、こうもオレに「守ってあげたい」という気持ちを起こさせるんだろう。


「うん、わかった。菜央子がいいなら、そうする」
と答えつつも、
ここが公道じゃなかったら、ぎゅっと彼女を抱きしめてあげたいと日比谷は思った。


残念だが今は、腕にしがみついている彼女に対して
自分も軽く寄りかかる程度に留めておくことにする。
もっとも
「オレ、菜央子のこと、大好き」
という言葉も添えてはいるが。

その言葉を聞き、菜央子はひどく幸せそうな表情をした。
「私も、渉が大好き」

「やったー! 告られたッス!」
「また敬語になってるよ」
「いやー… さすがに四年も敬語使ってると、なかなか抜けなくて…」
「まあ、そのうち抜けるよ」
「そっか。
 じゃあ今度っから、『菜央子!パン買ってこい』とか言うことにするから」
「お前、調子に乗りすぎ」

菜央子は左手で日比谷の脚にパンチを放ったが、
すぐさま、にこっと屈託無く笑って、日比谷の腕に身を傾けた。


END


何だかんだ言っても、実は甘々な二人、というのが理想です(笑)

今回、初めてひびやん視点で話を書いたんですが、
彼の視点にしては、ちょっと文章が理屈っぽい感じになってしまっているかも…
というか、こんなにどくろクマについて考えたのは初めてです(笑)

↓そして、もう一つの結末です。

どくろクマのぬいぐるみは、
誕生日プレゼントとして、2主人公の手に渡されました。

2006.11.29

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