靴飛ばしすぎ


たとえ前向きで大らかな人間でも、時折はささくれの様な小さなことで傷つくこともある。


冬の放課後、菜央子は部活の後輩の日比谷渉と一緒に帰る途中で焼き芋屋に会い、
一緒に焼き芋を買って公園に寄った。

薄茶色に染まった公園で、
二人は焼き芋を持ちながらベンチに座って、
まずは新聞紙の包みを顔にくっつけて、
冬特有のぬくもりを楽しんだ。
「うわー あったかーい…」
「いいッスよねー この温かさ」
「買ってよかったね」
菜央子は屈託無く笑った。
つられて、日比谷もにこにこ笑う。

「でも、持ってても意味ないから食べようか」
「はいっ!」
菜央子の提案(?)に、日比谷は元気よくうなづき、
新聞紙の包みを顔から離した。

「…ぷっ」
その瞬間、菜央子は思わず小さく笑う。
「ひびやん、顔に…新聞の印刷ついてるよ…」
「え」
彼はまじですか、と声をあげ、
カバンから鏡を出して自分の頬を見た。
「…黒く、なってますね…」
「黒くなったね」
「洗えば…落ちますよね?」
「落ちるよ」
「じゃあいいッス… あ〜あ」
ちょっとため息をついた彼の横で、彼女は感心するように言った
「っていうかひびやん、鏡持ち歩いてんの?」
すると妙に得意そうな顔をする。
「イイ男予備軍のたしなみです!」
「最近の子はこじゃれてんだねー」
「なんでそんな年寄りみたいなこと言ってんですか」
「何それ! 失礼な子だね、自分がちょっと若いからって」
菜央子は冗談だとわかる程度に口調をとがらせつつ、
「それより、お芋冷めるから食べようよ」
と、勝手に会話を回収してしまった。
「はい! 食べます!!」
すぐに日比谷もにこっと笑う。

意外にあっという間に食べ終わり、
新聞紙をひざの上でたたんで、
しばらく世間話をした。

やがて空も夕焼けの気配が見えたので、
そろそろ帰ろうかなと菜央子は思い、
「今、何時?」
自分のバックから携帯を出そうとした。

「あっ」

しかしその時、手がバックに当たってしまい、
バックの口が開いたまま、それは地面に落っこちる。
菜央子の荷物が土の上に散らばった。
「あーあーあー!」
菜央子はしまったという声でベンチから降り、しゃがんで荷物を拾う。
「大丈夫ッスか?」
日比谷も反射的に拾い始めた。

「ごめん、ひびやんありがとう」
「いえいえ、全然平気ッス」
本当に平気そうに荷物を拾っていた彼だが、
ふと手が止まった。

それを横目で見た菜央子は、不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
「…あ、すいません」
日比谷はすぐに顔を上げると、猛スピードで菜央子の生徒手帳を拾った。
それを彼女に手渡すとき、何気ない口調でさらっと
「…先輩の生徒手帳って、赤いんスね」
と言った。

「え? あ、ああ。そっか、学年ごとに色違うんだよね」
カバンの蓋を閉めつつ、きょとんとしていた菜央子が納得してうなづくと、
日比谷は自分のカバンから生徒手帳を出して見せた。
「ジブンは青なんです」
「あっ 本当だ。へー」
もちろん学年ごとに手帳の色が違うのは知っていたが、じっくり見るのは初めてだ。
「すごーい すごーい」
別に凄くないが、菜央子は無邪気に笑った。
そんな彼女とは対照的に、日比谷はなんだか急に元気がなくなっていた。
顔では笑おうと努めているようだが、明らかに内心思うことがあったようだ。
表情がすぐにでる大きな瞳が、少し悲しそうになっている。

そんな彼を見て、菜央子はまた気にしてるのかなあとひそかに思った。

実は彼女は、彼が年の差にかなりこだわってるのを知っている。
それは多分、永遠にそれは克服できないからだろう。
普段は前向きで天真爛漫な彼が、この問題には驚くほどに敏感なのだ。

というか菜央子は、彼が多分自分に想いを寄せているのではないかと疑問を抱いていた。
何と言っても、色々な意味で彼はわかりやすい。
もちろん本人の口から聞いたわけではないが、少なくとも嫌いではないだろう。

そして一人前のいい男になりたいといつも言っている彼が、
菜央子のことを守ってやりたいと感じているゆえに、
自分が年下でまだ頼りないという事実に、強い苛立ちを感じているのではと
彼女なりに感じていたのだ。
よって彼にとって、自分が年下だという現実を感じる時は、相当辛い気持ちになるのではないか。

なので彼女は、彼女なりの思いやりをもって話題をかえることにした。
「っていうかさ、英語の内藤ありえなくない?」
「…内藤ッスか…?」
「宿題出しすぎだよねー しかも板所汚いし」
「…あの、ジブン、英語の先生違うッス…」
「……」

菜央子は内心、しまったと思った。
二人の共通の先生は、数学の氷室先生だけだと知っていたのに、
いつもの同学年の友達と話しているような感覚で、つい話題に出してしまったのだ。

「あははははは…ははは…」
「…あはははは…」

二人は無闇にしらじらしく笑っていたが、
この妙な空気が耐えられなくなった菜央子が、急に日比谷の腕をつかんだ。
「ねえねえ! ほらひびやん!! あっちにぶらんこがあるよ!  乗ろうよ!」
滑り台をはさんで向こう側ににあるぶらんこを
意気込んで指差す菜央子に対し、日比谷は困惑を隠さなかった。
「こ…高校生になって、ぶらんこッスか?」
「先輩の言うことが聞けないの?」

こんな下らないことに「先輩」を持ち出す菜央子に苦笑しつつも、
彼は彼女に引っ張られていった。

荷物を視点の届くフェンスの横側に置いて、
二人はぶらんこに座る。
夕暮れ時の公園には、他に人っ子一人いない。

「ぶーらんこー ぶーらんこー」
菜央子は大げさに明るくふるまいつつ、ぶらんこを一生懸命こいだ。
一方の日比谷は、ほどんどぶらんこはこがず、当惑した様子で菜央子を見てる

「えーい えーい」
「先輩、こぎすぎッスよ」
「いいんだってば」
「危ないッスよ!」

彼の忠告を無視して、菜央子は力一杯こいでいく。
やかて、これ以上はこげないというくらいにぶらんこの触れ幅は大きくなった。

地面にうつる彼女の長い影も、びゅんびゅん前後に動いている。

「先輩! …本当にやめたほうが…」
日比谷が心配そうに言うと、菜央子は激しく揺れるぶらんこの動きに合わせて、
左足をさらに大きく前後に動かした。
どんどん、足の勢いをつけていく。

そして

「えいっ!」
と菜央子は叫ぶと同時に、
左足の靴を思いっきり飛ばした。
菜央子の靴はオレンジの空をバックに大きく、そしてずいぶん長く飛翔し、
ぶらんこのフェンスを越えたところでぽとりと落ちた。

「……?」
彼女の行為の意味がわからなくて戸惑っている日比谷に対して、
菜央子は右足で必死でぶらんこを止めると、
ふー、と息をついて口を開いた。

「ひびやん」
「…は、はい」
「靴でさえ、勢いつければフェンスもこえるんだよ」
何で人間に超えられないことがあるだろうか、いやない
と、あえて口では言わなかったが、菜央子は心中で思った。何故か古文口調で。

「え…」
彼はしばらく、菜央子のいおうとする意味がわかなくなて黙っていたが、
やがて顔中で嬉しそうに笑った。
「あの、菜央子さん、それって」
「何」
菜央子はわざと、そっけなくつぶやく
「それって、ジブン、期待されてるってことッスよね!?」
「そこまでは言ってないよ」
つーんといい放つ菜央子を尻目に、日比谷は元気よく叫んだ。

「よしっ! ジブン、靴とってきます!」
「あ…ごめん」
思わず普通に謝ってしまったあと、
彼女はフェンスをよっと乗り越えて靴を拾っている彼に向かって、
絶対に聞こえないであろう小声で、ぽつりとつぶやいた。
「…期待してるからね。絶対に超えなよ、年の差なんて」

日没が随分早くなった、ある冬の日のことだった。

END


えーと…何かあの、すみません…(汗)
ひびやんってこんな子だっけ…?
というか、主人公が性格悪くてすみません。

時期としては、多分高三の冬くらいだと思います。
映画館イベントは出てます(笑)
私の中ではわりと主人公は色々ひびやんに負け気味なので(何)
たまには主人公がアドバイス…というか、年上っぽい話を書きたいなと思いました。
というか、GSで初SSです…! 難しい…!!(汗)

読んでくれてありがとうございました!

2006.1.5

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