電車・寝もたれ
※時期は主人公卒業直後の三月、微妙に主×天ぎみです。


電車の窓の外に下りた闇を見ながら、
天地と美奈子は疲れた様子で座席に寄りかかった。

今日は二人が付き合い始めて、初めての休日である。
美奈子の卒業祝いということで、
二人は普段行かない、ちょっと遠い街まで行き、
話題の洋菓子店の新作スイーツを堪能してきたのだ。
天地はずっとそれを食べたいと思っていたそうで、
フォークを運ぶごとに、口に広がる甘さに心からの笑顔を作っていた。
それ以外にも、二人で春物の洋服を買ったり見たりして、一日中楽しんだ。

そういう訳で、楽しかったのは確かだが、ほぼ一日中遊びあるいていたせいか
帰り道の電車の中では、流石に二人とも疲れて少しぐったりしていた。
美奈子など、既に目が眠そうである。

眠いのなら寝かせてあげようと天地は思っているのだが、
何故か美奈子から次々と話題を振ってくる。
それはもしかして、自分に気を使っているからなのかと
天地は考えたが、確認するのもどうかと思う。
彼女は無邪気に話し出した。

「今日のケーキ、美味しかったねー 色も可愛かったし」
「うん、あれはまた食べたいな。上に乗ってたフルーツも大きかったしね」
「うん、美味しかった。さすがだね」
と、満面の笑顔の美奈子に対し、天地は半分習慣になったツッコミを入れる。
「でも先輩、普通はデートでは女の子は彼氏の前で、あんなに食べないよ!」

無意識に「彼氏」の部分で口調がうわずってしまったが、
おそらく彼女は気づいてもいないだろう。
気づかれるのも嫌だが。

「…そうかな?」
美奈子は平然とした様子である。
−確かに、今日の彼女はよく食べていた。

「そうなんだよ!」
なぜ男の自分が、女に女のあり方を教えているのかがわからないまま、
天地は少しすねた顔になった。この顔も習慣である。
「もういいよ、先輩には何も期待してないし」
「でもさあ、私の在学中にさんざん喫茶店に行って一緒にケーキ食べたんだから、今更だよ」
美奈子はそう言って、そっと目をつぶる。

「確かにそうだけどさぁ… 世の中の女の子は、もっと取り繕うものなんだよ」
天地は言いくるめられたことがやや不満げだったが、すぐに自分の中で整理をつけて、
軽く笑ってため息をついた。
「まあいいや、あんまり取り繕われても、僕も微妙だし。
それに先輩が横に育っても、僕は困らないしね」
最後のほうで、天地は少しだけ自分の気持ちを入れたが、多分わかってもらえないだろう。

「微妙?」
美奈子はまだ、起きていた。彼女の言葉に対し、彼はちょっと皮肉っぽく言う。
「うん。僕、だいたい女の子の演技ってわかるもん。
姉ちゃんいると、そういうのに強くなるんだ。」
「翔太のお姉さんに、まだ会ったことないよ。会いたいかも」
「いいよ、会わなくて!」
美奈子の何気ない言葉に、天地は妙に過剰に反応した。
「翔太の過去を聞きだすよ」
「悪趣味すぎるよ!」
それを聞いた美奈子は返事をせずに、ちょっと笑う。
嫌な感じはしない。多分、眠い気持ちが強いのだろう。

「眠いんなら、寝ていいよ。降りるときに起こすから」
天地の言葉に対し、彼女は
「そう、じゃあ、ちょっとごめん…」
と返事をして、そのまま黙ってしまった。

彼も眠かったが、自分も寝たら降りそびれるかもしれない。
それに、我慢できないほどではない。
バッグから文庫本を出して、読み始めた。

めずらしく電車はあまり混んでおらず、立っている人もあまりいない。
そう言えば来月から先輩は、大学への通学にこの電車をつかうんだな、
と天地は思った。

高校と大学、きっと一番遠さを感じる一年だと思う。
彼女は大学でサークルに入るのかもしれないし、
そう言えばまた応援部のチアになりたいとも言っていた。

姉達の話によると、大学は高校と全然違うらしい。
自覚もなくぼんやりした彼女が少し心配だが、自分は大学までは行けやしない。
相変わらず、はね学ブレザーを着たままである。
来年から自分が出来ることは、高校の教室から空を見上げるだけだった。
まあ、時々外を見てたとしても、成績は落とすつもりはないが。

そしてこんな気持ちを、彼女に言うことは、今後決して無いだろうと思っていた。
というか、自分でやったくせに妙は話ではあるが
告白で泣いてしまった時点で、彼のプライドはかなり傷ついている。
今後一切、彼女の前で泣くつもりはない。
これはいい子ぶるとか繕うとかそういう問題ではなく、男としての天地の意地だった。

こんな事を考えながら本の文面を目で追っていたので、
当たり前だが、内容がちっとも頭に入らない。
本を閉じて顔を上げると、ドアの上の電光掲示板が目に入った。
次はあの駅なら、はばたき駅まではあと30分くらいか。

ふと横の彼女を見ると、明らかに眠っていた。
すやすやと寝息を立てている。
そして、彼女は無意識に反対側の人に寄りかかって眠っていた。
それはわかる。自分も余りに疲れると、時々やることがある。
後で隣の人に申し訳がないと思う。

ただ問題なのは、彼女がもたれかかっている人物が、若い男性だったことだ。
しかも、その男性はまんざらでも無い様な様子ですらいる。
口元がかすかに上がっているのは、誤魔化せない。

天地は、初めは彼に対して申し訳なさを感じたが、
その男が内心嬉しそうなのを見てしまうと、彼に対して腹が立った。
もたれかかっているのなら、美奈子を自分に押し返せばいい。
自分は彼氏なんだから。

もっとも、眠って男にもたれかかっているのは彼女の責任なので、
天地は心の中だけで思いっきりその男をにらみつけると、
美奈子の肩に手を置いて、ぐいっとこっちに引っ張った。
美奈子の体が大きく揺れたが、彼女はそれでも起きない。強い。

男は下心を悟られたとわかったのか、
軽く顔を引きつらせた後、バックの中に入っていた紙を出して見始めた。
その紙が何かは知らないし、興味もない。

とりあえず内心で、僕の彼女に対して鼻の下を伸ばすなよと毒づいて、
天地は美奈子の体を自分の方によせた。

彼女の顔があまりにも近くにあることで、卒業式の灯台でのことを思い出す。
いつだって彼女は無防備である。
あの時も素直に目をつぶった。有り得ない。
自分もはやく大学に入って、彼女を守らないとな、と天地は思った。

実は人の好き嫌いが激しく、どうでもいい人にはかなり冷たくなれる自分にとって、
美奈子は明らかに特別だった。言わないけど。

近すぎる彼女の顔と寝息に対して、初めは天地は緊張していたが、
緊張はずっとは持続しない。
疲れていたのもあり、彼の中でどんどん眠気が強くなっている。

無意識に舟をこいでは、ハッと起きることを繰り返すうちに、
「ああ、僕も寝ようかなぁ…」と思ってきた。
起きるまでのだいたいの時間はわかってるから、きっと起きられるだろう。
そうしてはばたき駅の直前で起きて、彼女を起こせばいい。

うん、寝ちゃおう。
そう決意して、天地は目を閉じた。





「…翔太?」
「………」
「翔太、次、はばたき駅だよ。起きて」
「んー…」

天地は暗闇から降ってくる声に、意識を取り戻した。
目を開けると、美奈子が自分を覗き込んでいる。
「次、はばたき駅」
「……!」
自分の計算が狂ったことに天地は少々動揺したが、それを表は出さずに済んだ。
「そう、起こしてくれて、ありがとう」
そう言って、彼は美奈子の肩に掛けっぱなしだった手を外した。
反対側の男は、既にいなくなっている。
「よく寝てたねー」

「……」
彼女に対し、彼が言葉を返す前にドアが開いたので、
やむなく外に出た。なぜか非常に悔しい。

駅のホームに立つと、まだまだ春先の夜の寒さが二人を襲った。
「コンビニで、おでん買う? 寒いし」
彼女が微笑む。
「ケーキ、あんなに食べたじゃん!」
心なしか、彼の返事も感情的になっていた。

「っていうか、翔太の寝顔、無防備だねー」
彼女の言葉に、天地は失笑した。

「…その言葉、先輩にそっくり返すよ」

天地はそう言いながら、とりあえずおでんを奢らせる作戦を、頭の中で練りだした。
そして、聞くつもりである。
自分の顔が赤くなってても、声がうわずってても、もう知らない。
彼女には、直接的に聞かなければわからない。
自分の流儀を崩すことは腹立たしいが、もう仕方が無い。
というか、常にペースを崩されっぱなしだ。

彼は美奈子がおでんを食べ終わったら、
「寝ている間に肩に僕が手を置いてたことに対して、どう思ってるの?」
と、聞いてみることにした。
その答えを、楽しみに待つことにしよう。




END 


天地は意地っ張りで、プライドが高いところが好きです。
あと、好きになるとどんどん素直な気持ちが出てくる所も。
ゲーム中で、デイジーに対してどんどん繕いきれなくなっていく彼を見て、
もうお前超可愛いな!という気持ちになりました。

可愛さとかっこよさが同居してるって、いいですよね…!
そして普段何でもそつなくこなしているからこそ、
ときめき状態のあわあわした彼が好き(笑)

というか、モノローグCD…!!
色々考えてたんだね…そりゃEDで泣くわ…!
デイジーとお幸せに!

2006.11.1

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