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卒業式の後片付けにステージに上がると、そこにはギリシャがいた。



すごくすごく綺麗な男の人がギリシャ的な銀色のオーラをまとって、
誰もいない空っぽのステージで、ひっそりひっそり立っていたのだ。

私はいきなり出てきた予期せぬギリシャに唖然とし、思考を止める。
一瞬、彼が人だと理解できなかった。

というか、本当に私の頭は止まっていたのだ。

なぜなら、ギリシャは泣いていたからである。


いや、少し遠目だったので、泣いていたとは
はっきりとは断定できないけれど、
少なくとも、私にはそう見えた。


凄く悲痛な、何とも言えない表情をして。

悲しそうとか、せつなそうとかは、よくわからない。
でも、彼は空気をすべて味方につけていた。

そして私も、彼に巻き込まれたものの一部だった。


言うならば、天から何かが降ってきた。

つまり、ギリシャはそれほど圧倒的だったのだ。



「…ん?」


やがて彼は私に気がつき、近づいてくる。
その顔のあまりの端正さに、私は本気で絶句した。

まつ毛長い、鼻高い! 日本人らしくない!
ギリシャじゃなくて、ギリシャ彫刻だ!!

ギリシャ彫刻は普通に私に話しかけてきたが、
悪いがこっちはそれどころじゃない。

「あ、はい…」
「え…その…」

私が余りにも不審人物化しているので、
その人は誤解をしてしまう。
「どうして謝るの?
 …もしかして、僕が怖がらせてる?」

切れ長でしっとりした、すごく綺麗な一重の目が、
少し悲しそうになった。

違います、あなたは悪くないです。
私がちょっと混乱しているだけです。


彼はそれを悟ったのか、優しくふっと笑う。
「真嶋太郎、二年。顔と名前にギャップがあるってよく言われます」

私の気持ちを読んだことに対して、はじめて彼も人間であると実感できた。
そして 彼への名称も、ギリシャ彫刻から真嶋先輩へと変更する。

そして私はうっかり笑ってしまう。

やっべー 名前似合ってねえ!


そんな私に対して、彼はやんわりと拗ねたふりをして、
私の名前を聞き出した。

内心のテンションがやばいくせに、
私の口から出た言葉はひどくおどおどしている。
「…小野美奈子、です…」

真嶋先輩は満足そうにうなづいた。
何かを登録したかのようだ。

そして彼は私に言う。
きみ、可愛いね。自分でもそう思ってるの?




さすがに私はそこまで慎みのない者ではないので、
とっさにぶんぶんと首を振った。

すると真嶋先輩はエーゲ海のようにふわっと笑って、私の耳元で囁いたのだ。


「…凄く可愛いよ。見てるとドキドキする」


「じゃあ、またね」



そう言うとすぐに、ギリシャはステージを降りていった。





一人取り残された私は、ポカーンと馬鹿みたいに口を半開きにし、
5メートル先の床をうつろに眺める。



平凡な私に奇跡が落ちてきた。
ギリシャ彫刻が私をほめた。

でもあの人は人間だ。
だって、さっき多分、心の中で泣いていた。
目を沈痛に閉じて。


彼のあんな顔、多分誰も見たことがない。
でも、私は見た。



きっと、これは、運命だ。
平凡でこれといった取り柄もない私に、
高校生活の神が与えた奇跡に違いない。


私はこの運命にすがることにした。
確信などなにもないけど、どうせ捨てるものもなにもない。


うすくホコリの舞うステージの中で、私はきゅっと目を閉じる。

真嶋太郎。
真嶋太郎。


はやく自分の中に入れとかないと。




…また、会えますよね?


第二話


悪ノリしすぎて、書くのが凄く楽しかったです(笑)
×太郎でデイジー一人称をするのは初めてなので、
引き続き楽しんで書いていきたいです。

2008.7.20

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