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Hurry_8






三月末。


本日、繁華街の一角のライブハウスで『Red:Cro'Z』が演奏を行う。

メンバー全員が高校を卒業したということで、
ライブのタイトルはそのまま「Graduation!!」にしてしまった。
何のひねりも無いが、素直な心境でタイトルを決めるのも良いか、と思ったのだ。




18:00からのライブ開始直前の楽屋。

井上は衣装の確認をしながら言う。
「今日は満員御礼だな」
ドラムのメンバーが、呼応するように笑った。
「ありがてーけどさ、ハリーが招待券渡し過ぎなんだよ」


「ウルセェ」
針谷は緊張をほぐそうすために、あえてメンバーの軽口につきあった。

事実、彼は招待券を惜しみ無くばらまきすぎてしまった。
せっかくの記念ライブなんだし、他のメンバーも好きなだけ招待券を配っていたはずだが、
針谷は他のメンバーの1.5倍近くの量を配っていたのだ。


その内訳は、
はば学野球部、アンネリーの真咲と有沢、はるひとその友人達。

もちろん志波にも渡したが、その際に彼は
「野球部の仲間と行く」と言ってくれた。

…考えてみると、はね学・はば学の野球部関連がかなり多い。
甲士園の地区予選で、死闘を繰り広げた両校である。
部長だった森に、はね学野球部が来るけど大丈夫かと一応確認した所、
「甲士園のことは確かに悔しかったけど、もともと友達だった奴らが多いから平気だ」
と答えてくれた。


そしてもちろん、小野美奈子にも渡した。
そしてチケットを商店街の喫茶店で渡す時、彼女はこう聞いてきたのだ。
「…太郎くんも、連れていっても良い?」

―随分酷なことを聞く。

太郎くん、音楽好きだからと美奈子は言ったが、
三年の五月に喫茶店で直接対決をして以来、
針谷と真嶋は正式な話をしたことが無かった。

正直、ちょっと空気読めと思った。
美奈子と真嶋が付き合っているのは聞いたが、
もう美奈子が真嶋をかばう位置の人間になったんだなと、改めて思う。


来るなというのもおかしな話だし、その場でチケットを二枚渡してしまったが
その夜、針谷は確認せずにはいられなかった。

志波にメールで問う。
『ライブ:
 美奈子が真嶋を連れていきたいって言ってた。
 会うかもしんねぇぞ?』

それに対しての志波の返事は、
『Re:ライブ:
 別に構わない』

だった。

相変わらずのあっさりさに、針谷は携帯を静かにベッドの上に置く事しかできなかった。



美奈子がいいなら、
志波がいいならそれでいい―
でもオレだけは、どうしてまだ納得しきれていないんだ?


と悶々と考えていると、頭上から声が降ってきた。
「のしん、時間」
ギターを抱えた井上が、針谷を覗き込んでいる。

他のメンバーも、すでに支度をしていた。
ステージの方は、会場が開く前に既に準備は整えていた。


幕が下りたステージに上がりこむと、
向こうの大観衆の気配が伝わってくる。



数年前の文化祭のライブみたいに、失敗して落ち混む自分が頭をよぎったが、
何故か今日の針谷は妙に当たって砕けろ精神だった。


もう船は動いてしまったのだ。
どっしり座って、構えるしか無いだろう。


幕が開く。
観客の嬌声が響く。



人、人、人…
そこは正に、人の海だった。

針谷は叫んだ。
『オッス!
 今日はサンキュー!! 
 最後まで、しっかり聞いてくれよ!』


観衆の呼応を浴びつつ、針谷達は一曲目を始める。




ライブハウスは満員だったが、知っている顔もちらほら散見された。

はね学野球部と、その隣にいる志波。
彼は一流体育大学に合格した。

そしてその近くにいる、はば学野球部の生徒達。
稀代の天才とうたわれた吉冨は、志波と同じ一流体育大学に合格し、
野球部で一年エースになってやると、先日針谷に向かって豪語していた。

部長の森は、プロ野球選手への道を選んだ。
隠れた俊足が、甲士園地区予選を見に来ていたスカウトマンの目にとまったらしく、
ドラフト六位ではあるものの、地元球団への入団を決めていた。


その隣にいるのは、志波の先輩になるであろう
はば学野球部OB達である。

大柄な面子の中で、少し小柄な(といっても実際は針谷と同じくらいだろうが)
茶髪の男性の姿が見える。

日比谷だった。
こうしてライブ会場で見かけたのは、初めてだろう。

彼はかなり盛り上がっているようで、全身で観客のパフォーマンスをしてくれていた。



そして、かなり離れた所で。
いた。




美奈子と真嶋が隣り合って立っており、熱狂を含んだ視線で舞台を見つめていた。
彼らの目は純粋な楽しみの色を持っており、それを見て針谷は少し驚く。


喫茶店で、あんな別れ方をしたオレに、
こんな素直な目を向けられる奴だったのか―

美奈子や志波関連で散々ごたごたしたくせに
今日の真嶋は、まるで洗い流されたかのように素直な表情でライブを見入っていた。



それを見た針谷は何となく
ライブハウスを中心に、世界が丸く小さく、
ひとつにまとまった印象を受けたのである。

自分達の作り出した音楽の波が、それを産んでいるのなら
正直、こんなに嬉しいことは無い―


上手く言えねぇけど…
音楽の扉が一つ開いたって感じがする。
















ライブ終了後。
楽屋に戻ったメンバー達は、思い思いに今日の感想を言いあった。
「つーか今日、一体感すごくね!?
 オレ、ぶっちゃけびびったわ」
ドラムが舞いあがった様子ではしゃぐ。

ベースも嬉しそうに笑った。
「…俺も、やりきったわーって感じ。
 こんなに多くのお客さんが来たのも初めてだし…」

ステージの上で、世界がちょっと丸く小さくなった―
とは流石に言えないので、針谷もひたすら興奮している様子を見せた。

とにもかくにも、今日は掛け値なしの大成功だった。



その時、カバンの中にしまってあった針谷の携帯がバイブ音を鳴らす。
いつもはライブ中には電源を切っているのだが、
今日はそう言えば切るのを忘れていた。


針谷が慌てて携帯を開けると、意外な人物からメールが来ていた。
志波だ。

『無題:
 ライブ、良かった。
 もしも大丈夫なら、打ち上げ行く前とかに
 一瞬だけ時間取れるか?

 日比谷さんがお前に会いたいって言ってる』


盛り上がっているメンバーを尻目に、
少しだけどうしようか針谷は迷ったが、志波がこんな空気の読めないタイミングで
会いたいと言ってくるなんて珍しいことだった。

それに、日比谷さんが―
オレのサインを初めて欲した人が来てくれる。

針谷にとって、「ファンの男性」ではなく「日比谷渉」と話すのは初めてだった。



「なぁ、悪いんだけど…オレ、ちょっとだけ打ち上げ遅れても大丈夫か?
 高校のダチが話があるって…」
針谷が聞くと、メンバー一同が「OK」「了解〜」と笑う。

…一応、リーダーなのだが。
まあ、ワンマンでやるバンドではないし、
バンドメンバーとは今後も気軽に会える仲だから良いだろう。



いつも打ち上げで使っているファミレスで、針谷が毎回頼むプチハンバーグも
今日行く頃には冷めてしまっているかもしれない。








数分後、片づけを終えた針谷達は、ライブハウスの従業員に
「今日はありがとうございました!」と挨拶をした。

他のメンバーは打ち上げ先のファミレスに向かってもらう。
針谷はライブハウス横の街灯の下に立った。


三月終わりといえ、夜はやはりまだ寒い。
何だかんだで、ライブの終了から一時間以上は経っている。

本当の春には、まだ遠い気がした。



志波に電話をかけてみる。

数コール後に、向こうが取った音がした。
『…もしもし』
「オゥ、待たせた。ワリィな」
『いや、気にすんな』

志波がそう言った瞬間に、電話から聞こえる声が変わった。
『もしもし? ハリーさんッスか?』

―日比谷さんだ。

「あ、はい。そうです…」
相変わらず、身内以外には人見知りが爆発してしまう。
一方の日比谷は、それに構わないように話しかけてきた。
『こっちこそ、無理言って申し訳ないッス!
 今、近くの喫茶店にいるんだけど、そっちに向かいますね!』

「あ、余り時間が取れない状況なんで、そうしてもらえるとありがたいです。
 すみません…」

少しだけ話した後、電話を切った。




ほどなくして、志波達がやってくる。
「…よぅ」
「オ、オゥ」

志波の挨拶に、針谷は手持無沙汰に答えた。
横では、日比谷が機嫌がよさそうに笑っている。

「ハリーさん、こんにちわッス!」
「あ、ライブ…見に来てくれてありがとうございます」
針谷は日比谷に一礼をした。


日比谷は本当に嬉しそうに、両手でリアクションを取りながら言った。
「ライブ、最高でした!
 久しぶりに『Red:Cro'Z』のライブ来ましたけど、
 本当に進化してるって感じッス!」

その口調には、偽りの色は一切ない。
針谷は、日比谷がどんな性格で、どういう人物なのかを結局知らないままである。
だが、やはり思うのだ。


ちょうど一年ほど前。
喫茶店で煮詰まっていた時に、彼がサインを求めてくれたからこそ、
『Red:Cro'Z』は攻めの姿勢に転ずることができたのだ。

ああ、オレがやりてぇことをしても、きちんとついて来てくれるファンはいるんだ。
彼はそれを再認識したのである。


甲士園二連覇という巨大な記録を成し遂げたのに
一切それを気にしないような日比谷の態度を、針谷は不思議に思っていた。

もっとも、それは志波にも言えることではあるが―


そんな針谷の思惑が伝わったのか
日比谷は志波を見て、こう言った。
「…でも、志波くんと針谷さんが友達だったなんて、ホントびっくりしました。
 いやぁ、世間って狭いんスねー」

それは針谷が言いたい言葉でもあったが、彼は上手く言葉が作れなかったので、
オレもびっくりしましたよ、と言うに留めた。


三人は少しだけ世間話をしていたが、
やがて日比谷は
「じゃ、オレはこれで!
 志波くんはハリーさんと積もる話とか、あると思うんで…オレはこれで失礼します」
と言い、その場を去った。





その場に残された、針谷と志波の二人。
いつも顔を合わせているような仲なのに、改めてこうして見ると照れくさい。

二人は軽くぷっと笑う。
「…ライブ、お疲れ。良かった」
「オゥ、サンキュ。
 つーか日比谷さん… 気さく度パネェ」
「あの人は…よくわからねぇ。
 でも本当は、オレとお前に話をさせたかったみたいだな」

志波の言葉を聞き、針谷は首をひねる。
「話つってもなぁ…そんなかしこまった仲でもねぇし」
「…ライブの前に、小野と会った。」
志波が、針谷の言葉を遮った。


そのあっさりとした口調に、針谷は一瞬絶句するが、すぐに
「そっか」
とだけ言う。

「オレがちょっとした間に一人になった時に、偶然会った。
 真嶋も一緒だったな」
志波の言葉に、今度こそ針谷は話の続きを失った。


よく志波から逃げなかったな、などと内心悪態をついていると、
志波は静かに語り始める。

「謝られた。野球部を馬鹿にして、悪かったって。
 オレが最後に見た真嶋とは、別人みたいだった。
 …あいつ、あんな顔…するようになったんだな」

夜の空に浮かぶ、月の回りの雲を眺めながら針谷は聞く。


「…小野は、幸せそうだった」
志波はそう言い、針谷と同じように月を見つめる。
「本当は…もっと悔しいって思うべきなのかもしれねぇけど、
 何だか安心した…。変だな」

「変だな、そりゃ」
針谷はそう言い、小さく息を吐いた。

でもよぉ、と針谷は思う。

オレも実際、美奈子と真嶋が付き合ってるってのが納得できなかったんだけど、
今日、ライブで一緒の二人を見たら、
そんな気持ちがすっかりなくなっちまったんだ―

そう、心の中で言った。


音楽が、ライブハウスを丸く小さな世界にしてしまった。
その事実を改めて確認した彼は、急に涙が出る程に嬉しくなった。



すると突然、針谷の携帯が鳴る。
井上からの、メールが来ていた。

「ハンバーグが冷え切るぞ!」
という内容だった。


針谷は少しだけ笑った後、志波に言う。
「ワリィ。今日はもう行かねーと。
 ライブ、来てくれてありがとな」
「…こっちこそ、三年間世話になったな」

いきなりそこかよ!?と針谷は思ったが、
「お互い様だっつーの!」
と言い、パァン!と互いの手を合わせて別れた。












「…おいおい、随分強引な手段だなー?
 いくら志波とハリーを会わせたいからって。

 お前がわざわざ行っちまうとか…」


志波と日比谷がさっきまでいた喫茶店では、こんな会話が繰り広げられていた。
日比谷だけ、先ほど戻ってきた。
志波は、まだ外にいるのだろう。

「何言ってんスか、大迫先輩!
 ジブンは、ただの『Red:Cro'Z』のファンですよ!」
日比谷は笑って、ブラックコーヒーを飲む。

大迫と呼ばれた黒髪で童顔の男性は、ソーセージをつつきながら言った。
「でも、今日のライブは良かったぞ!
 お前のお勧めって聞いたから、どんなのかヒヤヒヤしてたけど…」
「ひどいッス!」
日比谷の言葉に、大迫はガハハと笑う。


「聞いてみて思った。青春を音楽に打ち込んだ連中の音だって。

 見事な青春だ!!」










かなり冷えてきた繁華街の道を、足早に針谷は歩く。

きっと喫茶店では、井上たちが新しいハンバーグを注文する瞬間を、
ウズウズして待っているんだろう。

結局の所、この三年間を通じて針谷が確認したことは、
―オレは音楽が好きだ!
ということだけだった。


音楽を続けたからこそ、自分は「ハリー」で居続けられたし、
こういう結末を迎えたんだという謎の満足感がある。

もしも音楽がなかったら、美奈子に関する諸問題に対して動くことも無かったし、
今日のライブだってやってなかった。

音楽は不思議だ。
音楽は、許せなかったものを許せるようにする。

ひどく恥ずかしいことだけど、
オレは今、青春をやっている、という自覚があった。

…言ったら笑われるだろうから、絶対言わないが。

彼の歩く道がどこに向かっているのかは、誰にもわからない。








そんな針谷の横を、一台のトラックが横切った。



その中には、最後の引越しの荷物と共に、
今年の四月から、はば学に通う少女が家族と一緒に乗っていた。

少女の作る物語は、また別の伝説に沿って語られる―






END



終了です。
お付き合い頂き、本当にありがとうございました。

最後はハリーのライブで皆一同になって終わりたい!
というイメージがありました。
(このイメージは、『Xgame!』のちり紙さまが出されたご本
「ラック・オブ・ラック」のシーンが元になっています)
個人的には、ハリーは主役その2だと思っていました。

色々な人物を書けたり、修羅場を書いて楽しかったり、
自分の技量の無さに唖然とすることも多々ありましたが、
本当に楽しかったです。

ありがとうございました!


2011.03.28

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