←中編
天童の一部を見たことで、歩の中で、少し何かが溶けはじめる。
自分も見せないと、フェアじゃないと思った。
どうでもいいジブンルールだろうが。
「…私、ついおとといまで、サンタを信じていたんです」
「へー…」
「っていうか、私の名前、歩っていうんですけど」
「さっき聞いた」
「お兄ちゃんの名前が渉なんです。
あゆみにさんずいをつけただけの」
「……」
天童が口ごもった。
おそらく
「そりゃまた、随分わかりやすい…」とでも、言おうとしたのだろう。
「だから私、多分、予定外に生まれた子だと思うんです。
じゃなきゃ、こんな名前つけないでしょ?
出生届を出すのが面倒くさくて、ギリギリまで伸ばしてたら、
名前考える暇がなくなった、みたいな」
歩は、今日会ったばかりの人に、
これだけ自分のことを話してしまっている
自分に驚いた。
「しかもうちのお兄ちゃんってすっごいうっかりもので、
私、まるでお姉ちゃん気分なんです。
だから、自分が子どもって感じがしなくて…」
「で、お前にとってクリスマスは、自分が子どもに戻れる日ってこと?」
天童の言葉に、歩は驚いた。
「よくわかりましたね」
でも、もう違う。
「俺も、そうだったから」
天童のセリフを聞きながら、歩はさっきの「ガリ勉」という言葉を
頭の中で反芻する。
小学生時代、ともだちがいなかった子。
天童は、携帯のストラップをいじりながらつぶやいた。
「ま、俺がどうこう言うことじゃないけど…
家族の問題は、早めに解決した方がいいんじゃねえの?
後になればなるほど、取り返しがつきにくくなるし」
天童さんもそうなんですか と彼女は言いかけたが
さすがにそれは行き過ぎだと思ったので、歩は黙る。
そうこうしているうちに、バスがアマノハシ邸の最寄停留所についた。
二人は白い息をはーはー出しながら、パーティ会場目的地へと向かう。
そして、まもなく着いた。
「天之橋邸」の大きな門は、夜空の下でどーんと身構え、
二人の侵入を拒んでいた。
とても、こっそり入れそうな雰囲気はない。
入れないだろうとは思っていたが、
歩は少し、気落ちする。
でも、わかった。
きっとここには、サンタはいない。
あるのは多分、少女マンガに出てくるような恋愛の駆け引きだけなんだろう。
大人しかいない場所には、サンタは必要ない。
私の持っていたしろ髭サンタの幻想は、やっぱり全部作り物だったんだ。
私はずっと、だまされていたんだ。
そう思っているうちに、大変な事実に歩は気がついた。
自分がここまで、初対面の天童を引っ張ってきてしまったことに。
自分は、母への腹いせのためにここに来ただけだからまだ良いが、
天童にしたら、ひどい骨折り損だろう。
よく考えると、とんでもない暴挙ではないか。
同時に、自分の考え無しな性質を酷く反省した。
「天童さん、ごめんなさ…」
歩がそう言いながら隣の天童を見上げると、
天童は何かを思うような瞳で、天之橋邸を見ていた。
そして、小声で言う。
「これが…はば学…
こんなに…すげぇのか…
とどかねえな…」
その表情は、いつになく真剣で、どことなく痛々しかった。
しかし、その理由を歩が知ることは不可能である。
「…天童さん?」
歩の声に、天童はハッと我にかえる。
「あ、悪りぃ。ちょっと…寒くて死んでた。
中、やっぱり入れないっぽいな…」
「…すいません。私はいいけど、天童さんの時間、すごくつぶしちゃって。
もう大丈夫だから、天童さんはお友達の所に行ってください」
「何言ってんだよ。こんな場所に、小学生を置いて帰れる訳ねえだろ?
パーティ、あとどれ位で終わるんだ?」
歩は時計を見る。
「あと、一時間くらい」
「じゃ、その間、近くの店ででも時間つぶすか。
今更家に戻っても親御さんが心配するし、
兄貴と一緒に帰った方がいいだろ」
天童はそう言うと、辺りの風景を見渡す。
「えーと…この辺に、ファミレスかサテンあっかな…」
その姿が、歩には不可解だった。
「天童さん」
「あ?」
「あの、なんで、そんなに色々付き合ってくれるんですか。
初対面なのに」
彼女の言葉を受け、天童はポツリと言った。
「昔の俺に、似てるから」
「は?」
「と、思った」
「…そう、ですか?」
「ま、どうでもいいけどな」
黒い夜空の下の、天童の横顔を見て、
歩は内心首をかしげる。
「まあ、俺みたいな高校生にはなるなよ」
天童はそう言い夜道をかつかつと歩き始める。
歩はそんな彼に、ちょこまかとついていった。
そして一時間が立ち、パーティも終わったようで
はば学生達がわらわらと外に出てくる。
歩と天童は、道の陰からその様子を伺う。
傍から見ると間抜けだが、まあ仕方がない。
「お前の兄貴、出てきたか?」
「…えーと…」
歩が門の街灯の下を凝視すると、
見慣れた入学式緑スーツが目に入った。
「あ、いた」
「そっか」
天童は安心したように言うと、歩から一歩離れた。
「じゃ、俺、帰るわ。
後は兄貴に送ってもらえよ」
「え? でも…お兄ちゃんに紹介したいんですけど…」
「ゴメン、俺、はば学生にあまり会いたくねーんだわ。
…ま、俺には俺の問題とか、これでも色々あるわけでよ」
天童は少しだけ笑った後、こう付け加えた。
「あとサンタだけど、俺みたいなのがいうのもアレだけど、
いると思ってたらいるだろうし、いないと思ってたらいないと思う。
それに子どもかどうかの判定も、サンタの有無とは関係ないんじゃん?」
歩には、天童の言葉の意味が理解できなかった。
「まあいーや。じゃあな」
歩の答えを待たず、天童は軽く手を降り、夜道へと消えてゆく。
「ちょっと待っ…」
まだ、お礼するための連絡先を聞いていない!と思い、
歩が追おうとすると、背後から聞きなれた声が返ってきた。
「あれ? 歩!?」
振り向くと、そこには兄が立っていた。
緑のスーツ。白いコサージュ。
「何やってんだ、お前…」
「………」
歩は何も答えない。口が動かなかった。
「喋んなきゃ、わかんないだろ」
兄の口調が強くなる。
そしてようやく、歩が口を開いた。
「…パーティ会場、見にきた」
歩の言葉に、兄は唖然としたが、
即座に大声で怒鳴る。
「バカかお前は!! 危ないだろ!」
歩はうつむき、何も言えなくなってしまった。
そうだ、私はバカだ。
親への腹いせで家を飛び出した上に、
初対面の人に多大なる面倒をかけないと、会場にいけないくらいバカなんだ。
歩の目に、うっすらと涙がにじむ。
その様子を見たのか、兄の怒り顔がすこしやわらかくなった。
「…で、会場には、一人で来たのか?」
「ハネガサキの人に、つれて来てもらった」
「その人、今いる?」
兄の言葉に歩は首を振る。
「連絡先は聞いたのか?」
「……」
歩の無言のうつむきに、渉はため息をついた。
「そっか…」
そして彼は、ポケットから携帯を取り出して、電話をかける。
「あ、もしもし? オレだけど…
ごめん、パーティ中は電源切ってて。
うん、歩? 知ってる。
っていうか隣にいるし。
えっ?」
その話し口調からすると、どうも家にかけているようだ。
「……マジッスか?
あー… そりゃーさー…
うーん…」
兄はしばらく話し込んだ後、
歩に携帯を渡した。
電話の相手は、案の定、母であった。
母親の声は、いつになく厳しい。
『もしもし… 歩?
あ…あんた、どこ行ってたの!?
お母さんに何にも言わないで!
お兄ちゃんに会えたから良いものの…
自分がどれだけ心配かけたのか、わかってる?』
「…ごめんなさい…」
歩はもう、謝るしか出来なかった。
すると、電話の向こうの母の声が急に穏やかになった。
『ねえ、お母さんがサンタはお父さんだって言ったのが、
そんなにショックだったの?
家のパーテイに出ないくらいに』
「えっ…」
図星だった。というか、母は知っていたのか。
『そりゃわかるわよ。あれだけ様子が変わったら。
その点は、お母さんが謝る。ごめんね』
「…うん」
『でもね、いいこと教えてあげようか。
サンタはいるものじゃなくて、作るものなのよ』
「はい?」
意外な母の言葉に、歩はきょとんとした。
『昔、お兄ちゃんに サンタはお父さんなんだよって言ったとき、
お兄ちゃんね、笑って言ったの。
じゃあ、オレも大人になったら誰かのサンタになれるのかな?って』
「……」
思いもよらなかった視点を提示されて、歩は言葉が出なかった。
いるんじゃなくて、なる。
サンタになる。
『まあ、その辺りは家に帰ってからね。
明日は買い物行くから、今日は早く寝るのよ!』
そういうと、母は電話を切った。
「…切れちゃった…」
歩はそういうと、渉に携帯を返した。
道中、二人は何も言わずに夜道を歩く。
行きはバスだが、帰りは徒歩。
しんしんと冷える夜の道。
いつもはおしゃべりな兄が、何故か無言だった。
その沈黙を破ったのは、意外にも歩であった。
「そう言えばお兄ちゃん」
「ん?」
「サンタがお父さんだって知ったとき、ショックじゃなかったの?」
妹の質問に、渉はすこし考えていたが、やがてこう答えた。
「ま、全然ショックじゃないって言ったらウソになるけど…
サンタって、子どもに夢を与えるじゃん。
ある意味、イイ男だろ?
うちの親父がサンタってことは、オレも大きくなったらサンタになれる
可能性があるって訳で…
そう考えると、イイ男になれるチャンスってことだろ!!!」
兄のプラス思考っぷりに、歩は絶句する。
と同時に、彼が顔の酷似した他人であることを実感した。
「という訳で
サンタ as イイ男になる大作戦 その一」
渉はそう言うと、妹に一枚のカードを差し出した。
「今から5分だけ、オレがサンタになってやる。
だから、ハイ」
歩は無言でそのカードを受け取る。
そして表を見た。
アイドルトレカだった。
「…何コレ」
「今日、プレゼント交換で当てたんだ。いいだろ」
「いらない」
突っ返すような歩の言葉に、渉は口を尖らせる。
「素直じゃないやつ」
「素直とか、そういう問題じゃない」
そしてしばらくてくてくと道を歩いていたが、
今度は渉が話しを切り出した。
「あ、あとさ」
「何」
「名前のことだけど」
「名前?」
「さんずいの有無」
「……」
唐突な話題振りに、歩は困惑する。
「お前の名前は手抜きじゃなくて、
嫁に行っても、日比谷家の娘だって証が残るようにしたんだって。
親父とお袋、『あるく』の漢字が凄い好きだから、
それを子どもにつけることにしたんだってよ」
初めて聞いた。
「手抜きで付けたんじゃ、ないんだ…」
「いや、そこまでうちの親も適当じゃないと思うし。
っていうか、オレもまあ、ときどき微妙な気持ちになるけどさ」
兄妹はやれやれと失笑して、夜空の月を仰いだ。
「あ、あと、明日買い物行くから、ちゃんと起きろよ?」
「わかってるよ」
帰り道、取り留めの無い会話を交わしながらも、
歩は思った。
サンタがいてもいなくても、
家族はきっと、変わらない。
今年も多分、いつも通りのクリスマス
家に帰ったら、まずはお母さんに謝ろう。
ごめんなさいって。
でもって、ついでにお母さんに抱きついてみる。
END
特に、一緒に行く人が初めは「尽&玉緒」だったのですが、
何故か途中から天童に。
多分、天童のどことなく寂しそうな雰囲気を、
作中に入れたかったからだと思います。
天童を作品に馴染ませることが出来なかった&
主題がわかりにくくなってしまった点が反省点です。
色々な意味で、非常に勉強になりました。
そして、日比谷兄妹の会話を書いたのが、実はこれが初だったり(笑)
何気に息があってそう。いいコンビだと思います。
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