そして、夕方近くになってカラオケに行く。
菜央子は内心、おいおい遊びすぎじゃねえかと思ったが、
二人は遊び倒す気満々だ。
暗くて狭い部屋に入ると、
日比谷と尽は速攻でドリンクとタコヤキを頼み、
新曲をガンガンに入れる。
菜央子は少し疲れていたので、
時々女の子の歌手の曲を歌いつつも、ぼんやりと二人の曲を聴いていた。
日比谷君、本当に人懐っこいんだなぁ
いくら部活の知り合いとはいえ、
休日にいきなり一緒に遊ぶことになったら、
普通はもっとぎこちなくなるものだろう。
まあ学年が違うから、
同級生特有の、男女間のぎこちなさも働きにくくなっているのだろうか?
人と付き合うことに対して、
どことなく表面だけをなぞって生活しているような菜央子にとっては、
それは魔法のようなことだった。
いや、もしかしたら、日比谷もきっちりと
「表面」と「本音」を使い分けているのかもしれないが。
そうだとしたら、巧妙すぎる。
しばらく歌ったところで、流石に疲れたのか、
マイクがテーブルの中央に置かれた。
「日比谷くん、何か追加で頼む?」
「あ、平気ッス!」
「尽は?」
「…俺もいらない」
そう答える尽は、心なしか眠そうだ。
「じゃ、まあ勿体無いから歌入れるなり、まったりとするなり…」
菜央子はそう言うと、メニューをテーブルの上に置く。
すると、日比谷が話しかけてきた。
「でも先輩、凄いッス!
葉月先輩と親しくて、三原先輩ともお知り合いなんて…」
「そう?」
「はい、ジブン、どうしても皆さんに弟子入りしたくって…」
相変わらずな日比谷の言葉に、菜央子は内心首をかしげた。
「弟子、ねえ…」
そんなに素の自分で勝負したくないの?
と聞きたいところだが、プライベートな部分に突っ込んでしまうことは避けたい。
私は私、彼は彼。
彼がどういういう道を歩んでも、それを傍観するだけだ。
それに、人に憧れる、という気持ちは菜央子にもよくわかる。
「でも日比谷くん、頑張り屋じゃん」
「いえ、まだまだッス…」
「人の二倍練習してるじゃん」
「プロには程遠いッスよ」
他人には過度に入れ込むくせに、自分には妙に客観的な一面が、
菜央子の好奇心をくすぐった。
意外に、頭、いいのかも。
まあいいけど
そして、ふと思い出したように
「ねえ尽…」
と、横に座っていた弟に声をかけると、
弟はソファにもたれかかって眠っていた。
くーくー、という静かな寝息が、彼が本当に眠っていることを示している。
「……」
「……」
菜央子は隣で、日比谷はテーブル向かいからその顔を覗いていたが、
やがてふふっと自然に目があって笑った。
「寝ちゃってる」
「疲れたんでしょうね。一日中遊び通しだったから…」
「ごめんね、色々と偉そうな子で」
「いえ、大丈夫ッスよ! ジブン、尽くんを尊敬してますから」
菜央子のフォローに日比谷はにっこり笑った。
いい子だ。本当に。
ちょうど時間も終わりに近かったので、
そのまま店を出ることにした。
菜央子が尽をおぶったが、
今年で小学校高学年の弟の身体は、やはりずしりと重かった。
これが成長か、と何となく彼女は思う。
外はもう暗く、
四月の終わりとはいえ、空気も大分冷えていた。
早く夏になればいいなと、何となく菜央子は思う。
そして、日比谷と一緒に商店街を歩いた。
高校生の男と女、そして背中で寝ている小学生。
人が見たら、一体どんな関係だと思うんだろうか。
街灯やネオンが光る道を歩きながら、
菜央子の背中はだんだんと下がっていく。
重い。
弟は確か、今年の身体測定で30キロ台後半だったとか言っていたので、
結構な重さである。
しかし、いくらなんでも日比谷に替わってもらうのは申し訳ない。
だが、歯を食いしばって歩いている菜央子の様子を見て、
日比谷の方から言ってきた。
「先輩、ジブン、代わるッス」
「いや… いいよ、重いし…」
「重いから代わるんです」
いつもの彼らしくない、きっぱりとした口調でそういうと、
日比谷は菜央子の隣でしゃがんだ。
ちょうど、うさぎ跳びの姿勢だ。
「先輩には無理ッス。ジブン、男なんで平気ッスから」
そうまで言われると、流石に甘えざるを得なかった。
じゃあ…と言い、背中の尽を慎重に移す。
途中で起きるんじゃないかと思ったが、
なかなかの爆睡っぷりである。
「ごめん、ありがとう…」
菜央子の謝罪に、日比谷は気にしないでください!と笑った。
「じゃ、帰りますか!」
日比谷はそういうと、尽をおぶったまま歩き始めた。
そのおぶり方が、妙に手馴れた感じだったので、菜央子は少し不思議に思う。
そしてふと、思い出した。日比谷には、妹がいると言うことを。
確か、尽と同い年だったはずだ。
人形のように可愛いあゆみちゃん。
「そう言えば、日比谷くん、妹さんいるんだよね」
「あ、そうッスよ! 知らなかったんスか?」
「だって、日比谷くんも、今日まで私と尽が兄妹だって知らなかったじゃん!
おあいこじゃない?」
「ああー… 確かに」
そう言いながら、尽を背負って歩いている日比谷の姿は、
正直何だか大人っぽく見えた。
不覚にも、お兄ちゃんなんだな、と思ってしう。
私はこの子のことを、ただの明るいくて元気なだけの子だと思っていたけれど、
本当は何も知らないのかもしれない。
後、尽はきっと、彼に「お兄ちゃん」を内心求めているのではないか。
弟子弟子と言って、優位に立ってふるまっているのは、
甘えていることの裏返しである。
何と言っても、まだ小学五年生だ。
自分はキャッチボールもサッカーの相手もしてやれないので、
それは本当にありがたかった。
そして横から見る彼の顔が、いつもよりもずっとしっかりして見えるのを見て、
彼の事を、少し、知りたいと思えてきた。
でも、まずは変化球からだ。
「日比谷くんは、妹さんの面倒とかよく見るの?」
「いやー、いつも口うるさく怒鳴られてますよ。
あれは将来つんけんした奴になると思ってるッス」
「あゆみちゃん、だっけ」
「あ、はい! 歩ッス!
漢字で『あるく』で歩です。
うちの親の命名センス、本気で適当ッスよね… 親戚のネタッスよ〜」
確かに適当だね! と言おうとして、菜央子は寸前で踏みとどまった。
注意をしないと、失言王になってしまう可能性がある。
ふと、足元を見ると、靴紐がほどけていた。
「あ」
菜央子はしゃがみ、靴紐を一生懸命に結ぶ。
あえて「待って」とは言わなかった。
引き止めるのが、申し訳ないから。
すると靴紐を結び終わった時、彼女の目の前の地面に、長い影があった。
前を見ると、街灯の前で、日比谷が立って、菜央子を待っていた。
街灯の逆光で彼の顔は見えなかったが、
その影は街灯の影響で、とてもとても長く伸びていた。
正直言って、日比谷の身長はそんなに高くない。
でも、地面に伸びる影は、凄く凄く長かった。
菜央子はそれを見て、確信をする。
この子はきっと、高校とかをでたら、あっという間に大きくなっていくのだろう。
男の子なんだから。
なぜかこの影が、未来の日比谷を表しているような感じすらした。
理由はわからないが。
そして何故か不思議なことに、一瞬、
日比谷くんって、もしかして彼女いたりするの?
と聞きそうになった。
しかしそれは、部活の先輩後輩のプライパシーを越えている。
それでも、彼の個人情報に少し興味を持っていた自分自身が、
菜央子に取っては驚きだった。
彼は、必ず大きくなる。
そして彼が大きくなる頃には、彼女は彼の人生から離れているのだろう。
それはわずかに残念だが、まあ仕方がないと思う。
そして並んで歩いている途中、携帯を出そうとカバンをガサゴソやると、
今日商店街で買った、絵の具の袋を掘り当てた。
それを見ていると、ふと、こんな言葉を思い出す。
以前一緒に帰っていた時に、三原が言っていた言葉である。
「あのね、絵の具の一つ一つの色はとても綺麗だけど、
これを全部まぜると、とても汚い色になってしまうんだ。
各色の良い所ばかりを無理に混ぜようとしても、
結果としては、無個性で取るに足らないものになってしまう…
不思議だね?」
菜央子はこの言葉を、日比谷に聞かせてやりたいなあと思った。
どうして、そんなに他人ばかりを見ているのだろう。
どうしてそんなに、背伸びばかりをするのだろう。
近いうちに、誰かが彼に恋をするのだろう。
その子はきっと、彼自身を好きになるのだろう。
そうしたら、彼の妙な傾向を、修正してあげて欲しいなぁと思った。
そう思いながら日比谷の隣を歩く、
菜央子二年生の春だった。
END
と言うかこの主人公、
尽の情報を全く活かしてないようです(笑)
余談ですが、「返却期限の切れそうな本」は、
GS2の氷上デートのセリフから出てきました。
めっちゃ笑った!
氷上も可愛いです!(脱線)
2007.04.20
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