0904/star(後編)

前編




そして夕食を食べ、
ひとまず宿の風呂に交代で入って髪を乾かし、
明日はまず何するよ、と話しているうちに、夜も更けた。

時計が11時30頃を刻み始め、いい加減に菜央子も気になり始める。
「ねえ、もう日が変わるよ。探してたものって何?」
その言葉を聞き、日比谷がようやく行動を起こした。

「今から、外、行きません?」

「え、だって、宿の玄関が…」
彼の言葉に彼女はびっくりしたが、
彼は菜央子の手を掴むと、くいっと彼女をひっぱった。

「ここは12時半まで玄関は閉まらないッス。
 だから、行こ」

彼はやっぱり、背が随分伸びた。
頭の上から聞こえる彼の言葉と、
照れたような彼の笑顔に、菜央子はただ、頷くことしかできなかった。



外に出ると、そこは一面の星空だった。
はばたき市街では、けっして見ることのできないような、満天の星空である。
まさに、こぼれんばかりの。

思わず菜央子は、こうつぶやく。
「きれい」
「きれいッスよねー」
日比谷はそういうと、菜央子の手をつなぐ。



二人は手をつないで、
高原の夜道をとてとてと歩き出した。


流石に深夜である。
人は、ほとんど歩いていない。
りーりーという虫の鳴き声が、昼間のセミの声の代わりに耳に入る。

暗い道の中で、つないだ日比谷の手が暖かくて、
菜央子はなぜかすごくほっとした。


やがて、なにも無い広場に出た。


回りには建物もなく、
背の低い植え込みが、視界の下に少し見えるだけ。

頭上を見れば、あます所もない満天の星だった。

昔の人は、宝石箱をぶちまけた〜という表現を使ったそうだが、
本当にそんな感じだった。


すごく、すごく、本当にキラキラしている。

「この場所を、探しにいってたんス。星がきれいに見える、何にもない広場。」
日比谷はそうつぶやくと、夜空を見上げた。


菜央子は、手をつないだまま日比谷の方を向き、こう聞いた。
「渉、私に見せたかったのって、この星のこと?」
「半分はそうッス きれいだから。」
そう答える日比谷の声は、とても大人っぽく聞こえる。
見慣れた顔が、暗さでよく見えないからかもしれない。


―半分
じゃあ、後の半分は?


菜央子は疑問を抱きつつ、星空を見上げた。

隣では、日比谷がパカッと携帯を開く。光が目をついた。
「今、11時50分か…  オレ、今からの20分に、賭けてます」
「何を?」
「願い事をするんス」
「え」

星に願い事、それは、まさか、かの有名な。

「流れ星?」
菜央子の問に、日比谷はこくっとうなづいた。

菜央子は一瞬、お前本気で流れ星の話なんて信じてるのかよ!
と思ってしまったが、
暗闇でうっすらと見える、日比谷の真剣な雰囲気に、
何も言えなくなってしまった。


「菜央子さん、知ってますか。
 あの星の光は、何億年前の輝きなスよ」
彼のセリフは、数年前にどこかで言ったような気がするが、
そのぽつりぽつりとした口調に、彼女は引き込まれる。


「だから、あの星が光ってた頃は、オレも菜央子さんも、全然生まれてないし…
 っていうか、人間だって生まれてませんでした。
 もしかしたら、オレの存在なんて、星に比べれば本当にちっぽけなのかもしれません」


そう言うと彼は彼女の手を離し、適度な距離を持って、
くるりと向き合う。


日比谷の後ろには、いっぱいの星空が広がっていた。

「でも、オレにとっては、この四年半は、すごく長かった。
 とにかく必死で、前ばっか向くしかなくて、いっぱいいっぱいだった。」

星空をバックにしてそういう彼は、何だか見慣れぬ人のようだった。
もうすぐ日比谷は20歳になる。
日比谷渉、10代最後の時間だった。


菜央子は思う。
初めて会ったときは、自分は16、彼は確か15だった。
あの時廊下で向き合った二人は、彼氏と彼女になって、
とうとうこんな所に来た。

付き合ってから、かなり色々なことがあった。
ケンカもしょっちゅうするし、
お互いの考えの違いを感じ、本気で悩んだこともある。

そんな日々が菜央子の中でぐんぐんと蘇ってきたが、
それでも今、自分がここにいて、彼とこうして向き合っているのは、必然だと思った。


そして、日比谷はこうつぶやく。 
 「あと10分以内に、オレ、20歳になります。
 10代の最後も、20代の最初も菜央子さんと過ごしたい。

 っていうか、オレの今後の人生、全部菜央子さんと過ごしたい。
 ずっと一緒にいたい。だからそれを、星にお願いする」


  日比谷は既に、決意していた。
彼の言葉に、菜央子は驚きを隠せない。

「…私達、まだ、若いよ?」
菜央子は静かな声で、言う。
「これから社会に出て、色々な出会いがあるよ?
 もしかしたら、お互い色々あって、変わっちゃう部分があるかもしれないよ?」

しかし彼女はその後、一気にこう言ったのだ。
「でも私も、渉以外、考えられない」

それを聞いても日比谷は、昔の高校時代のように、
もう慌てたりは、しなかった。

彼は照れたように笑って、菜央子を引き寄せ、彼女の体を抱きしめる。
暗い空の下でお互いの体温が伝わって、
すごくすごく安心した。


  「…あったかい」
「目をつぶれば、もっとあったかくなるから」
その言葉を受け、菜央子は素直に目をとじる。
本当に、もっとあったかくなった。
「星に願わなくたって、私はずっと、そばにいるよ」
「でも、永遠に一緒にいたいから。星って永遠っぽいイメージがあるじゃないですか。
 だから星に…」

日比谷の顔は見えないが、彼はきっと、笑っている。
くすっという感じの、ちょっと笑ったような、声がするのだ。
「あと、星にとっては一瞬だろうけど、オレの10代後半って、凄い怒涛だったんです。
 そういうのを何か、対比? させたくって…」

「渉は四年半で、すごくいい男になった」
菜央子がそう言うと、彼は彼女からほんのちょっとだけ体を離し、
お互い見つめあった。

菜央子が言う。
「大好き」
「オレも」
日比谷も言い、一緒にはにかんだ。


そしてお互い照れ笑いをしていると、
菜央子の視界の端を、何かがシュッと走る。

それが何かを認識する前に、
菜央子はこう叫んだ
「流れ星!!!!!!!!」


すると日比谷がバッと上を眺め、大声で叫ぶ。
「菜央子さんとけっこん、菜央子さんとけっこん、なお…」


しかし流れ星は「おいおい甘いぜ若造」と言わんばかりに、
日比谷の言葉が終わる前にその姿を消した。



「…逃がした」
しょげる彼に向かって、
「いや、もういいじゃん… ほぼ叶う予定じゃん…」
と、失笑を返すことしか菜央子は出来なかった。


願い事こそは言い切れなかったが、
流れ星も見れたので、
二人は手をつないで、旅館に帰ることにした。


時計を見ると、すでに日付を越えていた。



9月4日。



日比谷は、20歳になったのだ。


携帯で時間を確認した菜央子は、
日比谷の顔を覗き込み、
「二十歳おめでとう。よう成人!」
と笑った。

「ありがとッス! うれしいです!」
日比谷は嬉しそうに笑うと、照れたようにこう切り出した。

「あの…プレゼントとか…あるんスか…?」

菜央子はそれをきき、困ったようにいう。
「…ご当地変な顔Tシャツとかかな…」
「え… いつ買ったんスか、そんなの…」
「行きの、売店を物色したときに」
「まじで変な顔Tシャツですか? ……そっかぁ」

本気で落ち込む彼に対して、
20歳になっても、やっぱり渉は渉だなぁと、
菜央子は思うのだった。

これはきっと、一生変わらないのだろう。


本当はまともなプレゼントを用意してあるのだが、
宿に着くまでは、とりあえず変な顔Tシャツがプレゼントだと、
思ってもらう、ことにした。




ひびやん20歳おめ!!!!!!!!!!

彼が20歳であると言うことに、
本気で感動を禁じえません…!

もう何か、嬉しいです…
おめでとうございます!
おめでとうございます!
おめでとうございます!
おめでとうございます!
(氷上のおはようございますのごとくエンドレス)


きっとイイ男になってるんだろうなぁ…
本当に、主人公とずっと幸せでいて欲しいです。

ひびやん、本当に、おめでとう!!!!!

2007.9.4

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