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2月29日。



この日を持って、三年生の先輩方ははね学を卒業した。

卒業式が終わるや否や、私は二年の教室のドア前で待っていたさっちゃんに腕を引っ張られ、
ドダダダダダと階段を駆け下り、
猛スピードで部室に転がり込む。


もちろん、両手いっぱいの花を抱えて。







この花束は、アンネリーで昨日作ったものだ。
お店の奥にある、青い背無しの丸椅子に座りながら。


お金は、野球部の一・二年で出し合った。
私はまだまだ花束作りの腕は有沢先輩の足元にも及ばないけれど、
先輩方への気持ちをこめて、一個一個丁寧に作った。




夜のアンネリーで花束を作っていると、色々な思い出が脳裏に浮かび、
一人場違いに照明の下でクスクスと笑った。


二年前、私は本当に野球のことなんか何も知らなかった。
野球部に入ったきっかけなんかも本当に些細なことだった。

四月の初めのある日、
帰る途中に校庭で、足元に転がってくるボールを拾ったのがきっかけだったのだ。
私はあっさりとした笑顔でそれを野球部の人に返したが、
泥のついた彼らのユニフォームが青春の象徴みたいで、
なんだか凄くまぶしかった。

私も急に、青春らしい青春をおくりたくなってきたのだ。


そして一週間後、気がつけば野球部への入部届けを出していたのである。



思えば、とんでもない向こう見ずである。
先輩たちも、随分びっくりしたことだろう。
ぶっちゃけて、私もちょっとやっちまったと思ってた。


女子は当時は誰もいなかった。
おまけに野球の知識もほとんどなかった私に対し、
先輩方は、一つ一つゆっくりと、私に野球の楽しさを教えてくれたのである。


決して強豪とは言えなかったが、先輩方は、確かにはね学野球部の礎を築いてくれた。







部室に入ると、まず志波くんの姿が目に入った。
いつもの凛とした雰囲気が消え、少し柔らかい表情をしている。
そしてその中には、やはり先輩をおくりゆく在校生特有の寂しさがあった。

二年の途中からの入部ではあるが、世話になった先輩方の卒業は、
やはり彼にもくるものがあるようである。

彼は花束を抱えた私を見て、
「花束でかすぎだろ。お前、花に侵食されてる」
などと、妙なことを言って微笑んだ。

本当におかしなことを言う。
それを言うなら、10センチ近く身長の低いさっちゃんの方が
両手一杯を色紙に侵食されてるじゃないか。


春の直前の日らしく、窓の光は柔らかだった。
その光の中で、ヒゲの監督もちょっとだけ「お父さん」っぽい顔で笑っていた。
そういえば監督の息子さんも、来週小学校を卒業するそうだ。


照れくさそうな笑顔を浮かべて一列に並ぶ先輩方の半分は、
二流大学に進路を決めていた。
後は一流、一流体育…と言ったところだろうか。
浪人をする方も少しいたが、それも一つの選択肢だと、生意気にも私は思う。

「受験」という戦いをひとまず終えた彼らの顔は、
一様に少し大人びていた。
ああ、航海に出た人の顔だ。



そして、現部長の相川くんが立ち上がり、
「これより、先輩を送る会を始めます!」と大声で言った。

そして在校生が立ち上がり、口々に先輩に感謝の念を述べる。


これが、はね学野球部の卒業セレモニーである。

途中で志波くんも立ち上がり、
「今まで、本当にありがとうございました」
と、はっきりした口調で言った。





志波くんの復帰には、三年の先輩方の並々ならぬ心遣いが欠かせなかった。
初めは同級生の中に溶け込めなかった志波くんに上手に気を配り、
彼の心を開いてくれた。

―先輩達がいなかったら、もしかしたら、志波くんはまた「折れて」いたかもしれない。
それくらい、皆さんの存在は大きかった。


部員の挨拶に続き、私とさっちゃんも感謝の念を述べる。


そして今度は、先輩方が一言づつ言葉を残す。
それに応えるかのように、話し終わった先輩に
私は花を、さっちゃんは色紙を渡した。

最後に元部長だった先輩が、破顔の笑顔でこう言った。
「俺は、この野球部を誇りに思う。自分の学生生活を誇りに思う。
 だから皆も、野球を楽しんで欲しい」

だがその言葉を聞き、部長の相川君ははっきりと言った。
「先輩、俺たち、来年は甲士園に行きます」



とんでもない向こう見ずな発言に、先輩方が絶句する。

でも、相川くんは部長だった。
そして相川くんの意志は、やっぱり皆の意志なのだ。
もちろん、私の意志でもある。
全員で、本気の目をした。

私は志波くんを見た。
―志波くんも真剣な目で、静かに決意を表明していた。


私の心中で、何かがぐりっと火をふいた。

皆、本気で甲士園を狙っているんだ。
いつまでも、敗者だなんてつまらない。
ちょっとは冒険するべきだ。

…来年だったら、行けるかもしれない。



今のはば学に関しては、色々な噂が流れている。
圧倒的に囁かれているのは、二度目の連覇への周囲からのプレッシャーだった。

野球部が、ぴりぴりしているそうだった。

あくまでも噂だが、吉冨くんと森くんが何かの拍子で大ゲンカをした際に、
激昂した吉冨くんが、優勝トロフィーを部室の窓から捨てようとしたそうだ。

さすがにそれは周囲の部員が全力を持って阻止したらしいが。


とにかく、相手は同じ高校生だ
メンタル面は、同じのはずだ




そして私たちには、彼らのようなプレッシャーがなかった。

それに実際かなり、うちのチームは良いと思う。
相川くんを中心にまとまって、志波くんの力を最大限に活かせれば
もしかしたら、はば学を―




わくわくした。
私はとんでもなくわくわくして、本当に自分がこの集団に入っていることが嬉しくて
全身で喜びを噛みしめた。



それと同時に、真逆の感情が頭をもたげる。
何故私が野球部のセレモニーに、こんなに安穏として出ているか。



それは、13時までは卒業生は校外に出れない規則があるからである。
何故だかは知らないが、そういう決まりがあるそうだ。

野球部セレモニーの終わる時間は、12時。



団体戦は、皆がいるから安心だ。
でも、ここからは個人戦である。
私は一人で、この局面を乗り切らなければならない。


太郎くんに告白する。



ある意味、そのためにこの日々を生きてきた。



とにかく、告白する。

そうしないと、もはや家には帰れない。
キス逃げされる。

今日を逃したら、きっともう二度とチャンスはないだろう。

先輩方の笑顔を見ながら、私はぐっと、一人唇をかみしめた。




8



はね学野球部の先輩を見送ることも、デイジーにとっては大事だろうなと思って
「送る会」的な描写を入れました。

太郎への告白と同じ話に入れると、
ちょっとまとまらなくなりそうなので分けました。

作者の力量的に、はね学野球部を詳細に書く予定は現時点では無いのですが
(はば学の方を、詳細に書いていくつもりです)
何となく「高校生!」という感じで捉えて頂ければ幸いです。

そしていよいよ妄想みっちりの野球部関係メンバーの名前(と学年)が
繁雑になってきたので、注意書きに表の追記をしておきました。
オリキャラが多くなってしまい、申し訳ないです…

オリキャラに関しては、あと一名だけ、
はば学関連で登場します。

基本オリキャラにあまり重要な決断をさせることは考えておりませんが、
この人物に関しては、相当重要な場面に同席してもらう予定ですので、
色々とこねくり回して考え中です。


そして下校時間のルールは、勝手につくりました…一人勝手が過ぎる!



2009.3.20

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